お山歩(おさんぽ)日記2002「白馬三山縦走〜湯煙旅情編」

 

山域 白馬三山
白馬岳(しらうまだけ)
杓子岳(しゃくしたけ)
鑓ヶ岳(やりがたけ)
期間 9月2日〜4日
参加者 カヨコ、リツコ、カエコ、
ヒデオ、トシオ


今年の夏は暑かった。
穂高以来ご無沙汰のカホをどうにか連れて行こうと日程を組み、

結婚の為に休みの取れないノリヒコに、槍と剣を残した。
候補に上ったのは鹿島槍ヶ岳と白馬三山だった。どちらか迷っていると、

カホからエツコ経由でコソコソと断りの伝言あり。
何でも2kほど離れたB&Gの公園まで歩いたところ、筋肉痛になったらしい。
暑さの所為で、夏バテしているとは聞いたが、これはあまりに情けない。

トホホ大王と呼んであげよう。
確かに今年は暑かったので、涼しい温泉に入ろうではないかというテーマを餌に、
サーフィンをしに東京から帰郷しているヒデオを誘う。

高度2100mの露天風呂からの御来光に見事食いつく。
これで酒の相手をゲットだぜ。

 

1日の夜10時に和具出発。前回に懲りてあらかじめ和具で食料を買い込む。
伊勢でカヨコをピックアップして高速に乗る。

例により御在所SAで、夜食というより旅の無事を祈る為のうどんを食べる。
一月前に目をつけていたお茶漬けうどん(うどんというよりシャケ茶漬けにうどんを入れたもの)を食べる。
味はまさしくお茶漬けで不味くはないのだが、一人前のうどんに茶碗に一杯分の御飯が入っている。
貧乏人の残してはイカンという急迫観念で、全て平らげたはいいが夜食にはヘビーだった。
みんな無理して食べているのに、カエコさん一人だけ体の事を考え自重している。
この我儘がどのように影響するのか・・・天気が悪ければ彼女のせいである。
胃に血液が回りすぎて、ボーっとしていたら名古屋で東名阪との分岐を見落とし、気がつけば都市高速に突入。
それでも脳に血が足りないので、あまりパニックにはならず大周りで余分な時間と金の出費ではあったが、
名古屋のツインタワーを横目に夜のドライブと洒落込んだ。くれぐれも食べすぎには注意である。
その後何人かで代わりながら、中央道から長野道に入り豊科で降り、途中曲がり角を間違え逆方向に走るも早めに気付き、
大事には至らずなんとか白馬村に到着。セブンイレブンにて食料を調達して安堵、安堵。
暁の中、次第にその姿を現わす白馬三山に武者震いをする。
八方根のジャンプ台の手前から山道に入る。例によりクネクネ道だが今回、逆噴射はないようだ。
朝日に輝く山並が待ち受ける猿倉に到着したのが明けて2日の午前6時前であった。

夜明けの白馬 モグラ


今回は2度目の白馬で、前回は7月だったので猿倉の駐車場は使えず、街中の駐車場からタクシーを使った。
途中、情報収集の為タクシーのオジサンと山の事を話していたら、ノリヒコが稜線という言葉を知らず、オジサンに絶句されたのだった。

朝食後、5分程歩くと、バス停のある猿倉山荘に着く。登山届を出し、いよいよ登山開始だ。時刻は6時20分
小屋の裏手の細い山道を15分ほど歩くと、砂利道の広い林道に出る。
見え隠れする白馬三山の姿を見ながら川沿いに歩く、途中鑓温泉への分岐の看板があるがこれは帰り道である。
所々に既にすすきの穂が出ている。山はもう秋か。
カヨコがモグラの屍骸を見つけ騒いでいる。実物のモグラを見るのは記憶にない。とりあえず証拠写真を撮って置く。
いよいよ林道が終わると看板があり、「白馬尻の小屋を過ぎると、これより先トイレはありません。」と書いてある。
横に小さく後20分と書かれてはいるが、見ようによっては木陰で用をしてしまう人もいるかもしれない。
登山道に入りアザミの中を徐々に高度を稼いでいくと、1580mの白馬尻に着く。1時間の行程である。
白馬尻には2軒の山小屋があり、とりあえず出す物を出しておく。
小屋の裏手にテラスがあり、そこからの展望はすばらしい。
これから歩く日本最大の雪渓とその先に白馬と杓子両山がそびえ立っている。

白馬大雪渓 稜線から見た雪渓


遠目から見ると雪渓はかなり急勾配で、登る前からカエコさんはビビっているようだ。
小屋で最初のオリジナルバッチをゲットして先に進む。
10分程歩くと大きなケルンがあり、雪渓の末端がある。
9月になって雪渓もかなり小さくなっていて、出始めは大きなクレパス(裂け目)が口を開けているために
雪渓沿いにガレた道をしばらく登る。7月あたりだと、雪渓上にベニガラという赤い染料が登るコースを教えてくれるが、
この時期雪渓が痩せて全体が薄汚れて灰色になって何時から何処を登っていいやら分からない。
登山者の数が少ないので先行する人も少なく、前を行くパーティは雪渓を避けてやけに遠回りしているので
境目の雪の状態を恐る恐る確かめ思い切って雪渓に乗りだした。
思いの外状態はよく気をつけて見ると踏み後がミゾレアズキみたいに染まっている。
ズルズルと滑るガレた道より数倍歩きやすい。皆に声をかけ、いよいよ大雪渓歩きだ。
雪といっても新雪と違いシャーベット状の雪は良く滑る。砂漠の風紋のように全体が細い不規則な階段になっている。
キックステップといって、靴先を雪に蹴り入れる独特の歩き方をして登っていくが、
いかんせん慣れない人には、見本を示しても滑るばかりで一向に進まない。
しかたなく、用意してあったアイゼンをする事にした。
このメンバーで低山での雪山を経験しているのは私と理津子だけなので、装着するのが一苦労である。
一人一人差し出される足にアイゼンを着けて回る。カヨコは親子2代で女王様状態だ。召使は辛い。
以前から使おうと思っていた念願のチェーンアイゼンを初めて使う事ができた。
みんなは靴に金属製のスパイクを取り付けるのだが、私のは車のタイヤチェーンみたいにもので装着時間は片足10秒だ。
ただし効きは断然スパイクだ。それに足が滑ると左右にずれる欠点あり。雪山には厳しい。
さて出だしは快調。アイゼンの効果を楽しんでハシャギまくり。空は雲ひとつなく9月の太陽が降り注ぐ。
気がつくと青空の中に逆さの三日月が出ていた。足元からの冷気が心地よい。
さすが大雪渓で、登りきるのに2時間を必要だ。後半になると傾斜が増し、当然きつくなる。
前回は降ったり止んだりの雨交じりの天気で、そのたびに合カッパを着たり脱いだりしなければならなかった。
まだ装備が充分でなかったノリヒコは釣り用のカッパしかなかった。上着はともかくズボンはいわゆるリブ(胸カバー付き)なので
脱着時にはいちいち上着までセットで脱ぎ着しなければならない。しかも胸が二重なのでかなり暑い。
一人もたもたするので皆から罵声を浴び、道具の適合性を学習したようだ。
おまけに彼は登山の数日前に海水浴に行き、見事に肩や背中に日焼けして痛くてまともにザックを担げないというオバカさんで、
体の適合性というのも学ぶ必要もあった。今回もう一人昨日の出発の日に波がいいというので止めろというのも聞かず、
サーフィンに行ってオーバー・ワークだと唸っているヒデオも同様に学ぶ必要あり。
もっとも本人以外はそのように思えないほど元気で先頭をばく進していたが・・・
雪渓に転がり落ちた大きな石が数個固まっている所でザックを降ろして休憩したのはよいが、
カヨコは石の上に置けばいいのに薄汚れた雪の上に、それも背負う方を下に置いてしまい、いざ担ぐようになるとグショグショだ。
あわてて今度はひっくり返して拭いているがザックに引っ掛けてあった服は当然雪の上である。
すぐ脇に石があるにもかかわらずだ。さすがノリヒコの妹だ。
一歩一歩雪を踏みしめて歩いていけばようやく雪渓を抜ける。この頃、カエコさんは一回目の死を迎えたようだ。
ヘロヘロになって「死んでく〜!」とわめいている。しかし、これからが本番、急登はこれからだ。
この辺りは葱平(ネブカヒラと読むらしい)といい、岩が剥き出しのつづら折りの急登となり、あちこちに「落石注意、」の立札がある。
杓子岳の切り立った岩峰が間近になると、お花畑が広がり出す。
白馬は高山植物の宝庫で、これが日本一の登山者を集める要因となっている。
本来ならば登りの辛さを可憐な高山植物が癒してくれるのだが、あいにく夏の花と秋の花の入れ替わり時期みたいで
中途半端な咲きようで、辛さばかりが身にしみる。経験者には次第に蘇る記憶の助けにより多少は楽に登れる。
トイレがあるかもという望みを持った非難小屋はこの時期閉鎖されていてやはり最低4時間はトイレ無しだ。
時折振り返ると、彼方の雪渓に点々と人のうごめく姿がある。妙に優越感を持ち君たちまだまだだよと呟く。
カエコさんは2回目の死を迎え、続いてカヨコが死んだ。次第に二極化が進みチーム男と女は離れがちになる。
空が近くなりだすと山頂近くのカール(緩やかな谷)に至り、一面のお花畑の先に稜線上の頂上小屋が見える。
階段状の道を一歩一歩進めば、小さな雪渓のある水場があり、その水の冷たさに(雪解け水なので)生き返る。
目の前には小屋が聳え立っている。高度は2750m、しかし目指す今夜の宿まで後20分である。
明日行く杓子と鑓の姿が間近に見え、八ヶ岳の向うから富士山が出迎えてくれた。

美味しいラーメン 山頂小屋からの杓子&鑓


村営の山頂小屋で後続をヒデオと待つ。死にかけのカエコさんとカヨコは、這うようにしてようやくたどり着く。
さすがにベテランのリツコは花の写真を撮りながらゆっくりと登ってくる。まだ多少は余裕があるようだ。
しかし、この女懲りることを知らず、またしても半そで半ズボンである。
リツコ曰く、「懲りないから、何度も山に登れる。」そう言われればもっともで、辛さを忘れなきゃ来ないわな。
ヒデオと私のリツコへの合言葉は「塗ったか?(日焼け止めを)」だ。
彼女は前回、この小屋に思い残しがあるらしい。何でも食堂のメニュウにゼンザイがあったのだが、
より規模の大きい上の小屋にも当然あるだろうと、食べずに他の物を食べたらお汁粉しかなく悔しい思いをしたのだった。
しかし、訊ねてみるとにべもなく「儲からないので、やめた」。ゼンザイの為にもう一度来たのだと訴えても、かなえられない望みだ。
12時を過ぎたので、小屋前のテラスのベンチで昼食になった。
我々兄弟はカップラーメン持参だったが、汁物のない他の者は小屋で買い足した。
リツコとカヨコは豚汁。味噌が酸っぱくて不味かったらしいが・・・
そしてカエコさんは疲れ果てて食欲がないと言いつつも、本日のお薦めと貼りだされていて、
小屋のオッサンの「スッごく美味しい」という言葉に負け、1000円のラーメンを買った。
最初は「どうや!美味そうやろ」とほしらめて(羨ましがらせる)いたが、一口食べて顔色が曇る。これがまた不味いんだ。
「騙された〜」と小屋を睨んでも後の祭りで、しかたなく皆で不味さを共有する事になった。何でや・・・
食後、完全循環式の画期的な水洗トイレで用を済まして戻ると、みんなベンチに横たわって昼寝モードに入っているではないか。
ここで寝てしまうと後20分が登れなくなる。これはマズイと思い「死ぬなら、山小屋に着いてからゆっくり死のう!」と声をかける。
気だるげに起き上がり嫌々スタートする。
ほんの少し上がると西側と南側の視界も広がる。
西には立山連峰、特に剣岳の姿はギザギザに突き出た岩峰の絶妙なバランスと蒼い色合いが本当に美しい。
多分この角度がベストだろう。ちなみに7月の御岳は乗鞍岳からが一番だ。
南はこの稜線から続く後立山連峰の山々、中でも鹿島槍ヶ岳の双耳峰が目を引く。その奥には槍、穂高連峰の姿。
宿の白馬山荘が間近に見え出すと北側の山頂の横に水色の空間が広がっている。よく見れば、それは日本海だった。
雲ひとつないラッキーな天気は無理して食べたうどんのたまものかも?
この遮る物のない風と澄んだ空気、間近な太陽、景色が壮絶で一度体験すると中毒になり苦しくてもまた来てしまうのだ。
一言でいえば、山に取り付かれるのだ。
ここまで何度も死んだカエコさんは、今回新しくザックを買ったのだが、
登りの辛さに、「もう二度と高山は来ない。やめだ!ザックも、もういらんからカヨコにあげる。」とザックの重さにめげていたのに、
この景色を見ると、もうチョッと考えようかなに変化し、後に山頂に着いた時には、「やっぱり、あげない。」と豹変していた。
尻を叩き叩き、ようやく日本最大収容人数1500人を誇る白馬山荘に到着。ちなみに下の小屋は1000人。

剣背景あと少しで山荘 白馬山荘


チェクインのカウンターに夕食のメニュウがイラストで描かれていた。酔っ払って夕食の写真を撮り忘れるといけないので、
2人掛りで撮影していると受付のオジサンに怪訝な顔で見られてしまった。
空いているので、5人一部屋の個室だ。ラッキー!
小屋の玄関に高山病にならない為の3か条なるものが張り出されている。「すぐ寝ない。濡れた服を着替える。食事を充分に摂る。」
悦子はみな違反していたなぁ。だから酷くなったのかも?
「なってしまうとそれどころじゃない。試しになってみれば。」という声が聞こえるようだ。
6畳の小部屋に荷物を置き、高山病にならない為だと脅し、15分程の白馬山頂へ向かう。

白馬山頂 剣岳


空荷だと嘘のように体が軽い。アッという間に2932mの頂上立つ。
見事な360度の展望だ。東の長野側は切り立った崖になっていて、落ちたら確実に死ぬに違いないのだが
恐る恐る端に近づき腰が引けながらものぞいて見ると、雪渓ははるか遠い。尻の穴がこそばい(くすぐったい)。
もしかすると佐渡島が見えるかと期待していたが、そこまでは無理か。
前回は頂上を越えて白馬大池のほとりを磯端の岩を飛ぶように渡り栂池に抜けたが、そのルートも一望できる。
思い残す事のない眺望に満足して、小屋に帰る。生ビール生ビールと呪文を唱えながら・・・
小屋の一番見晴らしのいい場所に展望レストランがある。味はともかく(食べていないので)値段は一流だ。
場所柄誰も文句は言わないが、生ビールは税別800円なり。しかし、こんな山の上で消費税がつくのは何か違和感があるなぁ。
明日行く山並を見ながら乾杯!これだから山はやめられない。
窓の下石垣の上で、バイトのネーちゃんが干した布団の上で気持ち良さそうに昼寝をしている。
時は午後2時だ。実働6時間半まずまずだ。
いつもの事だが、環境の悪い山小屋で充分睡眠を摂るベストの方法はヘロヘロになるまで寝ないことだ。
6時の夕食までの4時間は強敵だ。当然それまでは持参のバーボンを飲み続ける。

夕食 朝食


高度が高いと酔いが回りやすいので、慣れない人は注意。特に徹夜明けで疲れている場合は、あまりお薦めはしない。
非常に助かるのは、TV業界で飲み鍛えたヒデオがいる事だ。4時半を過ぎ睡魔に負けそうになり弱音を吐くと、
負けちゃイカンと外に出て、次第にガスり出し急速に気温が下がる中、徐除に服が増え合羽まで着こんで戦いは続いた。
ようやく食事。メニューはローストポークにつくね団子と小松菜の胡麻あえ、茄子の素上げ、高野豆腐の湯葉巻きなどだ。
ほぼ満足して食べ終え、急ぎ夕日を見に外のテラスに出るが、雲のお陰でダメだった。
そうなると後は、爆睡だ。板壁越しにボソボソと聞こえる話し声や、夜中に手が届きそうな程の満天の星空と流れ星などなど
色々あったらしいが、私には関係ない世界の話である.

 

翌朝5時に飛び起き、寝ぼけ眼で50m程登る。雲がワンクッションとなりなかなか出ない。
次第に辺りは朱に染まり金色の太陽が顔を現わす。何時見ても感動の一瞬である。

御来光 野点


ありがたい事に今日も天気が良く、富士山も見える。富士の姿が見えると何か得した気分になるのは何故だろう。
もしかすると日本人の最後のアイデンティティかもしれない。
昨日と違い雲が湧き出して、眼下は白く輝く雲海である。今日は、大気が安定している昼までが勝負になるだろう。
6時に朝食。鮭に卵焼きガンモにゴボウ、カニかま、などなど。親切にテイクアウト用のお茶のポットが用意してある。
何時もは持参のコーヒーを立てるのだが、今回は野点だ。
この為にわざわざ野点セットを持ってきたのだ。湯の沸くのを待って、携帯用の小ぶりの抹茶茶碗に茶を通しで濾し
手際は悪いが、これも小ぶりの茶筅で点てる。
どちらも小さいのでやりににくい事はなはだしいが、作法は無視しているので、出た所勝負だ。
なんとかお茶は点ったが、外気温が低いのですぐ冷めるのが欠点だ。
用意の割には、あっという間に飲み終わり、風流は寒さには似合わないという事を知る。
ちなみにみんなお茶を習った経験のある女性軍は化粧に忙しく、風流どころではないらしい。
7時に出発。この小屋では6種類のバッチの内5個をゲット。
本日はいわゆる稜線歩きというやつで、いくつものピークを越えて行く縦走である。

杓子岳への道 杓子と白馬


眼の前にきょうのコースがくっきりと見る事が出来る。
白馬山荘現在地より、2840→2750→2769→2640→2812→2700→2903→2774→2100
といった具合でアップダウンを繰り返す。
下りは楽なのだが、降りた後の登りが辛い。
特に丸山(2769m)の後に、白馬三山の最低鞍部(2600m)まで170mを一気に降りた後の、
杓子岳の分岐までの100mの登りは一番キツイ。一歩一歩踏みしめて進む。
苦しいけれど、立ち止まると風が心地よく、そして何よりも周りの景色が一番の励みになる。
肩で息をしながら杓子の分岐にたどり着く。遠目には一直線の垂直の道に見えたが近づくと多少蛇行している。
かなりキツそうなので、自信がないというカエコさんを荷物番に残す。縦走路は山頂の裾を巻いているので空荷で往復する。
こぶし大の岩のガレ場の手が付きそうな急な道を100m登ると、杓子岳山頂(2812m)だ。
大学生のサークルらしき男女混合の4人が先客で、何故かヒーローもののお面をして記念写真を撮っている。
どうやら帽子代わりに被って登っているらしい。山は不思議な人がイッパイだ。
この山は白馬岳から見ると名の如く、水杓子をうつ伏せにしたような形をしていて、山頂部は幅が狭く平らで細長い。
振り返ると、巨大な山荘が張り付いた白馬岳がその存在感を示している。登りと反対側は白馬岳以上に切り立った崖で、
とてもじゃないが立ってままでは端までは行けず、四つ這になって下を覗き込む。大雪渓が真下に見え点々と人の姿が見える。
極端に寒くなる日陰で待つカエコさんを、何時までも置いとけないので早々に下山。
途中で朗々とした声が響いていた。後に聞いた話では、杓子を諦めたオジサンが雄大な景色に詩吟を捧げていたみたいだ。
山で尺八を吹く人もいるらしいし、一芸を持った人はカッコイイなぁ。もっともその場に似合えばの話だが・・・
合流後、杓子のコルまで緩やかに登り又しても下る。本日最後の鑓の登りに取り付く。
登り始めるとカエコさんの「後どれ位?まだ着かないの?」の声が繰り返される。
ジグザグを繰り返し、200m程を一気に登る。歩いては立ち止まり次第に立ち止まる回数と時間が長くなると、
女性軍が無言になるとキツイというシグナルだ。そして文句さえ言えない無言の行進が続くとようやく小鑓のピーク。
傾斜が緩やかになり、砂礫のガラガラした道をしばらく歩けば鑓山頂(2,903m)だ。
ここもまた360度の展望で、雲のショールを裾野に巻きつけた優美な双頭の鹿島槍の姿が美しい。
雲が出てきて、眺望を邪魔するようになってきた。既に3時間経過。鑓温泉まであと2時間。

鹿島槍と遠くに穂高連峰 鑓温泉前の鎖場


鑓の下りは緩やかで一気に2774mの稜線からの分岐に着く。これで素晴らしい眺めとはおさらばだ。
大出原と呼ばれる谷の底までジグザグに急降下する。1時間程で一気に400m高度を下げると、一面黄色の花畑が広がる。

この辺りは高山植物の宝庫で点在する車百合のオレンジがアクセントになっている。
ヒデオと共に先行してお花畑で待っていると、馬鹿デカイ声で女性軍の接近がわかる。特に保母さんと看護婦のコンビは強力で
下から姿を見つけて声を掛けても反応がないのに、
「わたし達を放って置いて、薄情な奴らだ。わたし達はこのまま迷子になって遭難してしまうんだ。」と罵る声は姿の前から聞こえる。
遭難もなく合流後、樹林帯の中を進むと鎖場に出る。そう危ないという感じではないのだが、岩が剥き出しで滑りやすいのだろう。
いっこうに着かないどころか山小屋がありそうな感じがない急な斜面が続くので、不安と不満が交差する頃やっと発見。
小さな雪渓の先に斜面に張り付くようにして建っている。鑓温泉到着PM12時、5時間の歩行である。
6人区切りになっている2段の蚕棚の一区画に荷物を置き、とりあえず缶ビールで乾杯!レトルトの御飯とカレー等で昼食。
さていよいよ今回のクライマックス、2100mの温泉である。
3m程階段を下ると小屋の真下に8畳程の岩で囲ったコンクリートの露天風呂がある。噴出量日本一の最高高度の温泉である。
さっそく裸になり湯を浴びると、熱い!小屋には露天風呂41度女風呂36℃なんて書いてあったのに43〜4℃はある。
そういえば源泉温度44℃と書いてあったなぁ。泉質は硫黄泉で色は透明。
小屋の真下の斜面側から直接湯が湧き出ていて、反対側の景色が開けた方の上部に幅30cm縦15cmの排出口が切ってあり
そこからザーザーと滝の様に湯が流れている。したがって湯はとても綺麗で小屋側の湯は飲める。
ウオーと雄叫びを上げながら湯にはいる。2〜3分が限界で、「熱ッー!」と再び叫んでスノコのベランダに上がる。
気温が20℃位で湿度がないので外気が気持ちいい。視界は180度、遮蔽物のないすぐ下を登山道があるので丸見えではあるが・・
15分毎に1分程湯に浸かる事を繰り返し小1時間程でとりあえず切り上げる。

露天風呂 鑓温泉


実は酒が切れた訳で、再び350cc600円のビールを購入。これより本格的な宴会モードに入る。
各自持ち寄りのつまみ等を拡げ、酔いは加速するもイマイチ環境が悪い。
小屋前のテラスは一応小屋から風呂が見えないように?囲いがあるので視界が悪くいためだ。
ふと、テレビで見かける温泉に浸かりながら酒を飲む図が浮かび、
兄弟2人500ccづつ持ち込んだバーボンと水とコッヘルを持って、2時に再び露天風呂へGOだ。
風呂に入りながらはとてもじゃないが飲めないので、ベランダにマイスペースを作り(最高でも5人しか入ってなかったので)
素晴らしい景色を魚に裸で酒を飲める至福のときを迎えた。ほんと来てよかった。
来た。露天風呂は基本的に混浴で、夜(8時〜9時のみ)女性専用になる。
当然女は水着姿であるが、かえって男の方が恥ずかしく視線を逸らしながらも、横目でしっかり観察してしまうのは男の性かもしれない。
女風呂は小屋の裏手から引いた湯で別にある。聞いた話では二段に風呂があり、
一段目は魚市場でよく見かける1畳位のイケスが埋め込まれ、その下に深さ約140cmの穴の浴槽が掘ってある。
2つの風呂の間にスノコが敷かれ洗い場(石鹸、シャンプー禁止)になっているが、源泉から順に風呂が繋がっている為に
汚れはみんな下の風呂に流れ込み、木の葉や虫の屍骸そして、大量の湯の花で白濁しており、滑るやら狭いわで快適とは言いがたいようだ。
誰か先陣を取れば、入り易いだろうと、水着持参のカエコさんを寝ているにも関わらず呼びに行く。
それ見たことか、感動の嵐。これより3人で水着を使い回す事になる。
カヨコの番が過ぎると、上から御飯ですよと山小屋の兄ちゃんの声が掛かる。もう5時半か。
夕食は、同じ会社が経営するのに何故これほど違うんだ、と言うほど不味かった。
タラの焼き物にシュウマイもどきに山の漬物2種にキャベツに8分の1のトマト。御飯はお粥一歩手前。唯一豚汁だけが救いだった。
夕食後、東斜面だけど暮れなずむ景色を見ようと、残り少なくなった酒瓶(ペットボトル)を下げ風呂に行く。
先客が2人背を向けて立っている。よく見ると何か変だ。背中に水着の跡?
50前後の夫婦が入っていたのだった。しかも堂々とだ。何処も隠す事なく風景に見入る姿はアッパレとしか言いようがない。
多少は重力に負けつつあるが、推定年齢を考えると恥を捨てる体形ではないのだ。
えもいわれぬ緊張感が漂う風呂にリツコも登場。こうなるとかえって水着を着ている方が浮いて見える。
女のリツコでさえ驚く、潔さもさすがに人が増えてくると限界に達して先に出た。
ぎこちない首の動きが自由になり、ホッとする。
酒が缶チューハイに替わった頃、すぐ下でテントを張る顔見知りになった二つ年上のオッサンが登場。
片やワンカップ持参。ザックは重くとも酒は重さには入らないという意見が一致し、大いに盛り上がる。
山に取り付かれた人間の見本で、先週もテントを担いで3泊したらしい。
一体どんな仕事で生計を立てているのやら、家族はどうしているのやらと、余計な心配が頭をかすめた。
雲せいで茜空は見えず、暗くなり酒も切れたので、転寝するオッサンと別れ風呂を出る。
6時間は風呂にいた計算になる。本日、日本一長風呂した兄弟だろう。
チャンピオンはウイスキーを売店で購入。再び宴会。
風呂にいた時はあまり酔ってなかったのだが、この頃より怪しくなる。
8時になって女風呂に変化したので、理津子ひとり入浴。何故この時間か下を覗いてみると分かる。
真っ暗なのだ。ただ月と星の明かりだけだ。下から星が綺麗だと叫んでいるが、外の2人は危ないから行かない。
9時に消灯。転がる2本目の酒瓶。撃沈である。
夜中に咳き込み、香代子に水を飲めと叱られ、その後にライト片手にトイレに行き、
帰ってきてから、寝ているみんなの顔をエヘヘと笑いながらライトで照らしていたとか、
隣のリツコの布団を、自分の分を着ているにも関わらず分捕りにいったとか、後に報告を受けるのだが全く記憶がない。

翌日起きると、頭痛。二日酔いだ。
何はともかく、タオル一枚持ち風呂に直行。叫びながら湯に浸かり、少しだけ頭が起きる。
横にいる秀男は普段ヤクザなテレビ業界で夜毎鍛えているので、平気な顔をしている。さすがだ。
生憎と曇り空だ。これはきっとカエコさんが、御在所でうどんを食べなかった所為だ。
多少空が赤くなっただけで全然ダメだ。やはり、吐いても食べなきゃ。
二日酔いを少しでも楽にしようと、粘ってみたが、カヨコが朝食だと呼ぶので仕方なく風呂を出る。
朝食も出来合いばかりで、ちったぁ調理しろよと思うぐらい手抜きだった。風呂がメインだから仕方ないか・・・
それとも小屋スタッフの夜の宴会も結構盛り上がっていたから、彼らも二日酔いかもしれない。
気持ち悪いが、そこは無理してでも御飯をお代わりしてエネルギーを蓄える。
朝風呂に入らない女性軍は既に戦闘準備よしで、お茶は点てないの?と言うが、生憎の体調でその気にならない。
山バッチを2個ゲットして、7時。いざ出発。猿倉まで3時間の予定だ。
温泉の硫黄分で緑に変化し、滑りやすい岩を慎重に下る。
50m程の下りの斜面が一面花畑になっていて、車百合が群生している。オレンジの中にニッコウキスゲが一輪咲いていた。
中間地点の小日向のコル(1824)までは多少アップダウンはあるが、大きな谷を迂回してほぼ水平に歩く。
水が冷たく美味しい沢あり、ガレた斜面あり、そして何よりたくさんの種類の花が咲き視覚的には楽しめる道だが、
気分的には飽きる。幾ら歩いても全然高度が下がらないので次第にイラつき出す。
私と言えば何故か足元が頼りなく、汗が出にくい。冷や汗は出るのになぁ。そして体が硫黄臭い。
花の写真を撮るのを口実にひとり遅れる。
ようやく小日向のコルに着いた頃に酒が抜けた。あとは一気に下るだけだ。
ヒデオとカヨコとの3人で一気に下る。途中我々より30分早く山小屋を出た昨日の夫婦に追いつく。
そこは、裸の付き合いがあるので、にこやかに挨拶を交わす。ほとんど休憩なく1時間半歩くと猿倉からの鑓温泉への分岐看板だ。
膝がイカレかかったカヨコは職業柄、痛み止めで治そうとするが、当然治る筈もなくようやく人の忠告に耳を貸す。
テーピングサポーターの効果は驚くほどで、伊達に山に登っている訳ではないのだ。

ニッコウキスゲ 花畑


看板にたどり着くと、もう気分は登山終わりで、記念写真を撮る。鈴の音と共におなじみの夫婦も到着。
同じ体験をした者同士の安堵感と充実感、そして惜別感の混じった微笑みを交し合う。
そして、又しても罵りの声を響かせながらカエコさんとリツコ登場。
10分後にスタート地点の猿倉山荘に立った。本日の歩行3時間半。これをもって登山終了である。
駐車場に戻り、昼食を摂った後に、小日向の湯という温泉で石鹸とシャンプーを使う。
白馬村には4つの日帰り温泉が400円で入れるのだ。
字の如く露天のみで燦燦と照りつける太陽の下、山の垢を流す。
サラサラとしたいい温泉なんだろうが、鑓温泉の強烈な湯に浸かってしまうと、なんだか物足りないような気がする。
サッパリしたところで、帰路に着く。

信州に来たなら、蕎麦だろうとヒデオがロケで知っているという蕎麦屋に向かうが、生憎休みだ。
適当に入ろうとすると、そこは不味いとか言うので白馬で入り損ね、ようやく大町で見つけた蕎麦屋に入る。
12時半なのに他に客がいない。ヤバイなぁと思っていたらヨボヨボの爺さんが注文を取りに来る。
どうやらこの爺さんが打っているらしい。不安的中。久しく不味い蕎麦を食べた。
眼が見えているのかと思うほど不規則な太さと、つなぎの悪い短い麺。そして蕎麦は半生だ・・・。
値段はしっかりしていたのになぁ。
迷ってドツボにはまる典型だ。二度と来ないと聞こえないように捨て台詞を残し、長野を後にしたのであった。
 
志摩お山歩倶楽部(おさんぽくらぶ) 竹内敏夫

 

 

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